韓国大統領選挙に見る「排除と抑圧」の台頭【佐藤健志】
佐藤健志の「令和の真相」54
◆分断が生み出す〈排除の誘惑〉
これを明快に説明したのが、アメリカのシンクタンク「外交問題評議会(Council on Foreign Relations)」のサイトに4月15日付で発表された論評「大統領弾劾後の韓国政治」です。
いわく。
【新たな政治的変化が生じる中、韓国社会の直面する根本的な問題は非常戒厳騒ぎによって深刻化した。二つの主要政党(つまり「国民の力」と「共に民主党」)の支持者の間の分断は激しくなるばかりだった。】
【この対立激化は、相手をひたすら「悪の勢力」と見なす姿勢が双方の側に根づいたことに起因するものであり、建設的な政策論議ではなく、スキャンダルをネタとする誹謗中傷(ひぼうちゅうしょう)合戦が展開される。このため二大政党の支持率は、皮肉なことに、戒厳騒ぎの前よりそろって向上したのである。】(英語より拙訳。カッコは引用者、以下同じ)
近年の韓国では、政治的な立場の違いによる分断が大きな社会問題となっています。
有力紙「朝鮮日報」が2023年はじめに報じた調査結果によれば、韓国人の約4割は、政治的な考え方の違いで家族や友人と気まずいことになった経験があり、「政治的な立場が異なる者とは、一緒に食べたり飲んだりできない」と思っているとのこと。
それどころか・・・
【政権が「自分の側」かそうでないかによって、(コロナ対策のような)政治とは無関係の政策評価まで二極化する。一つの国に、事実上二つの国民が暮らしているわけだ。】
引用した箇所の最後は、「一つの現実に、二つの現実認識が存在しているわけだ。二つの認識はともに歪んでおり、共存することができない」と言い直せば、より適切でしょう。
すでに韓国では、首尾一貫した現実認識が解体され、「何でもあり」と化しているのです。
この場合、保守派と左派のどちらも「相手側さえいなければ、物事はうまく行くはずだ!」と自他に言い聞かせることはできる。
ただし現実には、相手側が厳然として存在します。
つまり物事はうまく行きません。
同時に、相手との対立や分断が解消される展望もない。
というか、相手側は「悪の勢力」なんですから、和解などしてはいけないんですな。
もはや収拾のつけようがない。
さあ、どうする?
お分かりですね。
社会が分断されていなかったか、少なくともそのように見える時代、すなわち過去が魅力的に見えてくるのです。
わけても保守派の人々の間で。
過去から受け継いだ歴史や伝統を尊重しているか、少なくともそのつもりでいるのが保守派。
おまけに民主化以前の韓国では、保守派と左派の分断など、たしかに存在しませんでした。
後者は政権によって厳しく抑圧されていたからです。
朝鮮日報の調査では、対象となった人の3分の2あまり(67.3%)が「社会の政治的対立が共同体を不安、または危険にしている」と回答したそうですが、過去回帰を実践すれば、対立勢力の存在を排除できる!
共同体はめでたく安泰となります。
物事もふたたび、うまく行くはずでしょう。
ついでに「政治的立場が違う人は、国の利益よりも自分たちの利益のほうに強い関心がある」と信じる者も65%に及んでいるのですから、そのような排除は愛国的行為。
韓国は危機的状態にあり、いつ崩壊してもおかしくない。国民の自由と幸福を奪い取る反国家勢力を一掃し、自由な憲法秩序を守る!
ユン・ソンニョルがこう叫んで非常戒厳を宣言したのにも、それなりの理由があったのです。
とはいえ韓国の場合、現状の破壊によって失われるものが大きすぎた。
権威主義体制の時代は、今よりずっと貧しく、国際的地位も低い。
本当にそんな原状へと戻る気か?!
現実認識を歪めた報いで、憂国の情も空回り。
率先して戒厳体制を敷くべき軍すら、真面目にやっているとは信じがたい振る舞いを見せるありさまで、大統領の試みは自滅に終わりました。
た・だ・し。